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株式会社ヒューマンインタフェース代表取締役 小畑 貢 が使い手の世界についてのお話をお送りします。
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問題を見逃さないテストデザイン 16 最悪のシナリオ-5

製品の弱点を見つける


最悪のシナリオを検討する上で、基本は製品の弱点を認識することです。
どんな製品でも元々、必ず弱点を持っています。その弱点は使い手が道具を使う場面で現実化します。普段は何でもないかのように眠っていますが、何かの条件下で何かが起こると眠っていた弱点がたちまち目を覚まして起き上がり、私たちに不幸な結果をもたらします。
 何でもない普通のA4判のコピー用紙、あなたはこのような紙で指などを切った経験はありませんか?私は今までに最低でも5回くらいはあの突然の痛みを経験したように思います。私たちが文字や図を記録し、読む、物を包むなど便利に普段から使っている1枚の紙にも弱点があります。うっかり端が皮膚に当たり、軽く擦ると皮膚は簡単に斬れて痛みが走り血が吹き出してしまいます。
 紙片のようにわかりやすい製品であれば私たちは、特に作り手から説明を受けなくても容易に弱点を想像できますが、複雑な製品、システムになるとそうはいきません。使い手はその弱点を正しく想像することはできません。したがって、複雑な製品やシステムを提供する作り手の側はマイホームの販売と同じように、使い手にしっかりと重要事項(弱点)について伝える義務があります。弱点の影響を受けるのは製品の使い手ですから、開発し、製品を提供した作り手は、使い手に対して弱点の内容や弱点を現実化させないための方法をしっかり伝える義務があります。作り手が提供する製品の弱点を、自ら把握していないようでは怠慢と言われても仕方ありません。できる作業をやっていないと言えます。


 


  では、製品の弱点を見逃さないためには、作り手として早期に弱点を認識するには、どうしたらいいでしょうか?
簡単な機構部をもつハードウェアの場合で考えてみましよう。


 


私の家の太陽光発電システムが、稼働後6年にして初めて故障しました。台所の壁に設置した液晶画面にエラー表示が出ました。発電が停止しているので、ある操作をしなさいとのこと。その操作をしても結局なおらず、保守の人が来てくれました。彼の説明によると、建物の壁面にコントロールボックスが取り付けてありその中に直流を交流に変換する基板があり、変換する際に発生する熱を冷却するためにファンがあるとのこと。その冷却が正常に働かないためシステムエラーとして画面にエラー表示が出て、発電が停止したということでした。発電が停止するというのはまさしくこの製品の弱点です。この弱点は人の操作によって現実化したわけではありません。状態の変化が弱点を現実化させたのです。
  では、コントロールボックスに限定した場合、どんな状態変化があり得るでしょうか。コントロールボックスには、吸気口と排気口があります。コントロールボックスの冷却機能が正常に働くためのキーとなる要素をリストアップすると次の通りになります。ここで言うキーとなる要素とは「状態変化によっては機能が停止するかもしれない要素」のことです。外気がコントロールボックスに入り、ボックス内の空気を冷却し、温かくなった空気が外に排気される。冷却という作用の一連の流れを想像してポイントになる要素を次の通りリストアップしました。内容は一例として理解してください。


 


発電停止につながる要素


 


1  吸気口付近の外気温度
外気の温度が一定の温度以上になると冷却能力が限界を越え、コントロールボックス内の空気を必要な温度まで下げることができなくなります。すると、発電が停止し不都合をもたらします。鉄板のように直射日光の熱を吸収し放熱する素材のものが吸気口付近にあって、そこに長時間直射日光が当たれば外気温度がそれほど高くなくても吸気口付近の空気温度は高くなる可能性があります。


 


2  吸気口
吸気口の状態としては、空気を吸い込める、吸気口が開いた状態と、吸い込めない吸気口が閉じた状態があります。吸気口が閉じれば外の空気は取り込めませんから冷却効果は得られず発電が停止、不都合な結果になります。
では、具体的にどのような場合に吸気口が閉じるでしょうか。考えられるのは動物、蛙、コオロギ、トンボ、蜘蛛などが口をふさぐことです。ちなみに我が家に来てくれた保守の人の話によると、蛙が吸気口にへばりつき発電停止になったケースがあったそうです。


 


3  ファン(駆動機構含む)
モーターとファンの羽に回転を伝える駆動機構とファンも正常稼働状態と停止状態があります。停止状態の内訳は、電気がモーターに来ない、部品の変形、位置ズレなどが考えられます。


 


4  発熱部(基板)
発熱が一定レベル以下(正常状態)の場合と発熱が一定レベルを越えた異常状態の場合があります。異常状態の原因としては、既定値を越えた大きい電流、基板部分の故障が考えられます。


 


5  排気口
排気口が開いた状態と排気口が閉じた状態があります。また、排気口は開いていても排気口の外側直ぐ近くに空気の流れを妨げる物体がある状態も考えられます。排気口が閉じる原因としては、吸気口から取り込まれたゴミ(落ち葉、花びら)、吸気口から侵入した蜘蛛や昆虫などが排気口をふさぐケースが考えられます。


 


6  信号伝達部
正常に機能している状態と異常な状態があります。先日、内之浦から発射予定の国産ロケット、イプシロンが本体部の姿勢が傾いていると勘違いして発射延期になりました。コントロールボックス内の空気は正常に冷却されていても、冷却されていないと勘違いされ伝わるかもしれません。また、肝心の温度計が狂うかもしれません。


 


以上、発電停止につながる可能性のある6つの要素をリストアップしました。次に、個々の要素の状態を正常状態に維持し異常状態にさせない工夫や異常状態になる可能性を低減する工夫は出来ないでしょうか。


 


吸気口付近の外気温度の場合
これについてはコントロールボックスの取り付け位置工夫で解決できたと仮定します。年間を通して陽射しの当たらない、建物の北側の比較的高い位置に設置するルールとし設置工事マニュアルに反映します。この結果、吸気口付近の外気温度については状態変化の可能性は極めて小さくなりました。


 


このように、弱点現実化の可能性を絞り込んだ後、使い手に気をつけて欲しい弱点が最後に残ります。その弱点を開発し、製品を提供した作り手は、使い手に対してしっかり伝える義務があります。マイホームを購入した方は経験があると思いますが、私たちがマイホームを買うとき、売り手は必ず、重要事項の説明をしなければなりません。患者の手術に取り組むドクターはこれから行う手術の弱点(リスク)について事前に充分説明します。同じことだと私は思います。


 

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問題を見逃さないテストデザイン 15 最悪のシナリオ-4

最悪のシナリオ 4


製品の弱点を現実化しやすくするタスク以外の要素について考えましょう。


 


要素2
弱点を現実化しやすい空間環境要素


 


(1)劣悪な照明条件
自然災害の多い日本では停電は珍しいことではありません。以前に、医療機器のユーザビリティテストをしたとき、参加してくれた看護師の多くは勤務中の医療機関で停電を経験していました。バックアップの電源に切り替わっていつものように医療機器を使える場合もあるが、懐中電灯の薄暗い光の中で医療機器を使うことは少しも珍しいことではないと口を揃えて話してくれました。医療機関でも在宅医療の現場でも、災害が発生し停電になったときには、それとは関係なく患者の状態を確認し医療行為を続けなければなりません。
  さまざまな立地条件の場所に設置される設備機器、例えばガソリンスタンドや電気自動車の充電スタンドでは液晶画面が使われていますが、季節、天気、時間によっては陽射しの強い反射光があるかもしれません。
  暗い照明条件、反射のある照明条件、正面から光が差し込む中での作業、外の陽射しが降り注ぐ中での作業など、劣悪な照明条件は製品の弱点を現実化しやすくします。
 (2)振動
道具によっては振動する環境で使われます。飛行機、船、電車、バス、トラック、自動車、自転車など移動手段はたいてい振動しますし、その中で使われる製品は揺られながら使われます。あなたも通勤途中、電車やバスに揺られながらスマートフォンを使っていることと思います。振動しながら道具を使うと、意図しないミスが起きやすいのはご存じの通りです。
  例えば、スマートフォンの画面に横一列に、「A」「B」「C」「D」「E 」と、5つのボタンが表示された製品を思い浮かべてください。操作はもちろん軽くタッチするだけです。そしてもうひとつ、同じサイズの同じボタンが物理的な押しボタンだった場合を思い浮かべてください。操作にはある程度の押し込む力が必要です。あなたが揺れる電車やバスの座席に座って操作するとしたら、操作ミスはどちらが起こりやすいと思いますか?当然タッチ操作の方ですね。手元が狂い指先の動きが不安定になると操作ミスを起こしやすい。これはタッチ操作を採用しているスマートフォンの弱点です。振動する環境の中では、弱点が現実化しやすくなります。
  余談ですが、スマートフォンでは、電源を入れる切る、電話をかける切る、こうした重要な操作は単純なタッチ操作ではありません。あなたのスマートフォンもそうではありませんか?


 (3)騒音
交通量の多い道路の近くで使われたり、工事現場で使われる機器は、騒音の中で使われますから通常のエラー音、警報音、操作案内音声などはとても気づきにくくなりますからそういう環境に対応した製品な作りがされています。しかし、普段は静かな環境で使われるものでも何かの場合には騒音の中で使われる、そういう可能性がある製品の場合は、製品の弱点を現実化しやすくなります。


(4)降雨、降雪
製品によっては雨や雪が降る中で使われるものもあります。傘やスキー用具は普通にそういう環境で使われますが、普段は雨や雪の中では使われないが何かの場合にはそういう環境でも使われる製品では、製品の弱点を現実化しやすくする要素になり得ます。


(5)狭い作業空間
身体の向きを変える、腕を自由に動かす、こうした姿勢変更がやりにくい狭い隙間で製品を使わざるを得ないような空間です。自動車のドアの場合、普通に車を止め運転席のドアを開けて外に出る作業は簡単にできますが、運悪く隣に接近して他の車が止められていたらドアを開けて運転席に乗り込む作業はとても困難が伴います。このように何かが起こって、その結果急に困難になるケースです。こうした場合も製品の弱点が現実化しやすくなります。


 


要素3
弱点を現実化する社会環境要素
この要素は要素1タスク要素の背景と見なすことができるようです。
(1)24時間、全日稼働
社会のさまざまな分野で24時間稼働と休日なしの全日稼働が進んでいます。
毎日、午前9時頃から夕方まで仕事する、社会はそういう人々ばかりではありません。事件担当の警察官は自宅で睡眠中であっても事件が発生するとすぐに駆けつけ仕事につきます。状況によっては相当長時間仕事を続けます。小売業やサービス業、公共交通機関、医療機関、介護サービス機関などはシフトを組んで交替で仕事につきますから途中交替その他の事情によって製品の弱点が現実化しやすくなります。
(2)転職
日本は雇用の流動性がスムーズではなく、まだまだ一つの会社から別の会社に移る人はそれほど多くはありません。それでも、以前と比べるとかなり流動的になっています。また、働き方の形もいろいろになってきました。先に述べた薬剤師は、直前に勤務していた職場での体験が災いし、患者に渡す薬を間違えました。看護師が結婚して子供ができたときに退職し、その子供が成長してから仕事に復帰すると、一つの固定した医療機関で継続的に働くのではなく、短期間ずついろいろな医療機関で働くケースが結構あります。1週間に2つ、3つの職場で1日ずつアルバイトする若者も珍しくありません。これらのことも製品の弱点を現実化しやすくします。


 


要素4
弱点を現実化するユーザーの要素

道具を使う人のプロフィールによって製品の弱点が現実化しやすくなることもあります。では、どんな人が当てはまるでしょうか?


(1)性質
普通では考えられない、困った結果を引き起こす可能性を秘めている、そういう人はどんな人でしょうか?理性的というより感情的、早合点、行動的、楽観的、何より普段の道具を使う生活の中で、いろいろと事件や失敗を経験している人でしょう。そういう性質の人は製品の弱点を現実化しやすいでしょう。


 


(2)身体能力(身長、体重、握力、視力、聴力、利き手)
力の弱い人は、掃除機をゴロゴロ引っ張りながら掃除するとき普通の人の数倍も掃除機の重さを感じるでしょう。それでも掃除しなければならないとき、どこかで無理をするかもしれません。逆にとても腕力の強い人も、私たちの予想を越えた道具の扱いをするかもしれません。
視力の弱い人は、普通の人より対象物に目を近づけて見ます。道具を使って作業するときも、同じです。近づけられない場合には、確認に長い時間をかけたり、曖昧なまま判断してしまうことも多くなります。
身長の低い人は、たいてい手も小さいものです。携帯電話やスマートフォンの物理的な使いやすさを被験者を使って比較評価するとき、私たちは手のサイズの標準的な被験者群の他に、とても手が大きい被験者群、とても手が小さい被験者群でテストします。人の身体の計測データは、たいてい公表されていますから私たちは、100人の中で大きい5人、小さい5人に該当する人を選んでテストをすることができます。このように普通の人と比べて極端に異なる身体能力の持ち主は、製品の弱点を現実化しやすいと思われます。


 


(3)経験、知識(類似製品の使用経験、類似タスクの経験)
類似製品を使ったことがなく、正しい使い方について知識を持っていない人たちは、知識を持っている人たちよりも私たちの予想を越える使い方をします。タスクの経験についても同じことが言えます。例えば、掃除経験の豊富な人はトラブルにつながる使い方は、まずしないと思いますが、掃除経験の少ない人は私たちの予想を越える使い方をする可能性が高いと言えます。したがって経験や知識が一般の人より少ない人や偏っている人、こういう人は製品の弱点を現実化しやすい人といえます。
 携帯電話やスマートフォンのように、ユーザーが次々に機種を乗り換えて使う製品の場合、ユーザーは直前までその機種の操作方法に慣れていますから、新しい操作方法に戸惑うケースもあります。その差が重要な結果に直結する場合もないとは言えません。
 先に、私たちが道具を使う操作には、意図する操作と意図しない操作があると言いましたが、別の見方をすると、認知的な操作と反射的な操作があります。スマートフォンや携帯電話で私たちが誰かにメールを出す場合、どの操作が認知的でどの操作が反射的でしょうか?メニューからメール機能を選ぶ、新規作成機能を選ぶ、宛名欄に相手のメールアドレスを選ぶ、これらの操作は認知的です。選択肢の意味を理解し、判断した上で操作を続けています。その後、本文の言葉を生み出すまでは認知的ですが、次々に文字を入力する操作は、いちいち考え判断してというより、指先が勝手に動いて反射的に操作しています。先に使っていた製品の操作方法のうち、とくに反射的操作は、あなたも経験した通り、ある時から新しいやり方に変えるといっても簡単には変えられません。反射的操作をして、長い時間作業を継続するようなケースでは、その中で繰り返す操作方法を変更するのは容易ではありません。
とくに、例えば工作機械の危険回避時に使う、赤い緊急停止ボタンのように、緊急時対応の操作ではユーザーの頭と指先に深く刻み込まれた従来の操作方法を変更するのは大変なことです。


(4)身体的疲労、痛み、
腰痛を抱える人、膝の痛みを抱える人は、前屈みや膝をつく姿勢の必要な道具使いは困難が伴います。疲労や身体的痛みも製品の弱点を現実化しやすくすると思われます。


低周波で治療する道具がすでに市販され多くの人々が健康維持するために使っています。人の身体に直接パッドを貼って、コリや痛みを軽減、解消するヘルスケア用品です。この製品は、一定の禁止事項は守って使わなければなりません。禁止事項の一つに「左右のふくらはぎに同時にパッドを貼って治療してはならない」ということがあります。長時間の立ち作業やランニングなどで、両脚ともに疲労している。こういう状態の人はやってみたくなるかもしれません。このように身体的疲労や痛みも製品の弱点を現実化しやすくする要素です。


 
******ご質問、お問い合わせなどございましたら、コメント欄よりお寄せください。非公開設定も可能です。メールアドレスをご記入頂ければ個別に回答差し上げます。


 

問題を見逃さないテストデザイン 14 最悪のシナリオ-3

最悪のシナリオ-3
製品の弱点を現実化しやすくする要素


たいていの製品は多かれ少なかれ、弱点を持っています。しかし、弱点があっても即、不幸な結果に繋がるわけではありません。弱点が現実のものとなり不幸な結果が起こってしまうには、弱点を現実化しやすくする条件が整う必要があります。では、弱点を現実化しやすい条件とはどんなことでしょうか?
これを参考にして私たちは、ユーザビリティテストの状況設定をすることができます。


 


要素1
弱点を現実化するタスク要素


 


タスクの内容に関してはどうでしょうか?あなたは、どういう要素を持つタスクが弱点を現実化しやすくすると思いますか?
一つでも二つでも思いつくことはどんなことでしょうか?


●マルチタスク
人が片手でスマートフォンを持ち、画面を見ながら道を歩く、T字路を通りすぎ、二つ目のT 字路にさしかかったところで、立ち止まりあわてて一つ目の角に戻って曲がって行く。こんな風景は珍しくありません。通い慣れた道でも何か別のことをしながらでは、やり過ごすのもうなづけるというものです。
このように、2つ、または3つのタスクを同時並行で行う、こういう要素のあるタスクでは、ひとつひとつのタスクに注意が行き届きにくく、製品の弱点が現実化しやすくなります。


 


 余談ですが、娘が結婚する前、我が家には車を運転できる人が3人いました。娘と妻は運転が上手く発進も停止も静かでスムースです。その点、私の運転はとくに停止するとき、乗っている人の上体がカックンとなり気持ち悪いと評判が悪いのです。運転している私自身はとくに不具合は感じないのですが、いつも言われます。中でも娘は、運転中によくしゃべります。運転しながら込み入った会話を長々とするので私は、しばしば、話はいい加減にして運転に集中してくれと言います。娘は、決まって、運転なんて話ながらするものだ、黙ってやるもんじゃないと教習所の教官に教えられたと反論します。確かに運転は私より上手いので私はそれ以上言えません。
 電車やバスなどの公共交通機関の運転手は、マルチタスクの得意な人でないと困ります。大勢の命を預かる運転手は安全を守ることと 、ダイヤを守ること、二つの重要なタスクに取り組み続けます。どちらか一つに集中することはできません。
 
 ところであなたは、同時に二つ以上のことに注意をし続けるのは得意ですか?これについては個人差が大きいようで、普通にやれる人と不得意な人がいるようです。不得意な人に、マルチタスクをやってもらうと製品の弱点を、より現実化しやすくなりそうです。


 


11目標設定-2、マルチタスクを参考にしてください。


 


●繰返しタスク
同じ作業を繰り返し続けていると人は眠くなることがあります。その作業が単調であればあるほど集中を維持するのは困難になり、対象物への注意が散漫になって、使用ミスが生じやすくなります。単調な空いている道路を長い時間運転し続けると、人は居眠り運転しやすくなる。これは多くの人々が経験していることだと思います。単調な作業であっても、物理的作業の場合は身体の一部を動かしながら一定の作業を繰り返すことで、リズムが生まれる効果もありそうですが、身体の動きが少ない認知的な繰り返し作業となるとそうそう適度な集中を維持するのは難しくなります。
 このような要素をもったタスクを設定することで、被験者が集中力を半減させる状況を作り、製品の弱点が現実化しやすくなります。


 


●緊急時タスク
タスクの時間が強く制限され、非常に急いでタスクを行わなければならないケースも私たちは、細心の注意を払ってタスクを行ことができません。
例えば、不意に予想してなかった来客があるケース、自宅でリラックスしていたあなたに知人から電話があり「途中まで来ている、あと10分で着きます」。部屋を散らかしていたあなたは大急ぎで掃除機を使い、テーブルの上を片付けます。丁寧に、隅々までしっかり確認しながら作業する場合ではありません。
  かなり前、ファクシミリがビジネスの高速情報伝達の主役だった頃があります。A4判1ページを1分で 送ることができました。代表的な使い方の一つに、見積書を送るという使い方がありましたが、送信するとき相手先の電話番号を押し間違える場合があります。そのとき「送信スタート」のボタンを押してから間違いだったことに気づいたユーザーは、あわてて送信を止めようとしますが一旦、送信スタートしたものを止める機能がなかなか見つかりません。
 右往左往している間に見積書は結局間違った相手先に送られてしまいます。ファクシミリのメーカーには苛立ったユーザーからの問い合わせやクレームが数多く寄せられました。
 大企業から中小企業まで多くの企業でファクシミリが使われていましたが、通常ならできる操作でも緊急時にはできないことがわかり、メーカーは製品の仕様を変更しました。
 このような要素をもったタスクを設定することで、被験者が集中力を半減させ、製品の弱点が現実化しやすい状況を作り出すことができます。


 


●条件変化
例えば、オフィスのコピー機、あるユーザーがA4判のモノクロコピーを続けていたとき、途中で電話を受け、コピー機の見えない場所で、2分間相手と話しをする、その間に他の人がカラーコピーを1枚とる。
 電話を終えた人が、再び続きのモノクロコピーを始めるとき、コピー機がカラーモードに変っている。このように、ユーザーが気づかないうちに何かの条件が変っているケースです。人は条件の一部が変っていることに気づかずにタスクをやってしまう可能性があり、製品の弱点は現実化しやすくなります。


 


●ユーザー交替
あるユーザーが道具を使って作業している。電話がかかってくるなど、より優先度の高いタスクの発生によって、その人は作業を途中で止める。そして、代わりの人が続きの作業を引き受けるケースです。タスクについて、もともとのユーザーが知っていた知識、情報の一部は代わりの人に引き継がれますが、引き継がれない知識、情報もかなりあります。このために、後を引き継いだユーザーが判断ミスなどをしてしまうケースです。
 
 コンセントの話をしましょう。私たちが電化製品を使うとき電源につなぐための接続端子の受側がコンセントです。私のオフィスにはユーザビリティテストをするテスト室があります。 2口コンセントがあり、片方はラジカセ、もう片方はデジタルビデオカメラの電源用にプラグが差し込まれていました。
 私のオフィスはユーザビリティテスト(わかりやすさ、使いやすさのテスト)をしている関係上、ビデオカメラが沢山あります。私は、ビデオカメラのバッテリーを充電しようと思って充電器のACアダプターをこのコンセントのそばに持ってきました。普通に上の差し込み口にささっているプラグを抜こうとしましたが、抜けない。「あれ、?」と思いながらもう一度引き抜こうと試みたがなぜか抜けない。「差し込んだ人が、変な差し込み方をしたのかもしれない。」と思って今度は右手の親指と人差し指でしっかりはさみ力を込めて抜いてみた。でも、びくともしない。再度、必死に力を込めて、腕が筋肉痛になりそうなくらい力を入れてようやく引き抜くことができました。
 このときのプラグが抜けなかった体験を職場の技術に詳しい社員に話すと彼は「やってみましょう、力はいりませんよ」と言って指で挟んだプラグを少し左に回してから、あっさりプラグを抜いたのです。彼の説明によると、このプラグは、コンピュータなど突然プラグが抜けて電源が落ちないように一度、ひねってからでないと容易に抜けないように工夫された新しいタイプのコンセントだったのです。コンセントの上の差込口にプラグを差し込んだ人はこのコンセントの性質を知っていますが、後で他のプラグを差し込むために抜こうとした私には、そんな知識はありませんでした。そして、コンセントに新しいタイプのプラグがささった状態は、今までのコンセントにプラグ
が刺さっているのと同じように見えるのです。



●立姿勢、中腰姿勢
椅子に座った状態で道具を使うのではなく、立姿勢や中腰姿勢など疲れやすく、不安定な姿勢で長時間道具を使うと、身体的疲労によってユーザーの集中が途切れ、気づきが遅れ、適切な判断が難しくなり、使用ミスが生じやすくなります。このケースも、製品の弱点が現実化しやすくなります。


 


●片手作業
普段、左手で道具本体を保持して右手の指で操作するなど、両手を使っている道具を、何らかの理由で片手で使わざるを得ないとき、ユーザーは勝手が違います。道具の重さで安定して保持するのが困難な場合もあります。しかし、雨が降る中で片手で傘を持って道具を使う、片手に別のものを持った状態で道具を使うなど、やむを得ず道具を片手で操作するケースです。
普段はやらない失敗をする可能性があり、製品の弱点が現実化しやすくなります。


 


●併用、同時使用のモノ
CRX、キャノン、リコー、ゼロックスの頭文字です。オフィス用コピー機(複合機)の分野はこの3つのメーカーが世界シェアを分けあっていました。日本メーカーの得意分野の代表でもあります。したがって大規模なオフィスにおいては、フロア毎に異なるメーカーの機種が設置され、オフィスで働く人々はそれらの機種を同時並行で使うケースが少なくありませんでした。当然、メーカーによって操作の方法が結構違います。うっかり間違いそうになったり、間違ってしまったりということで、3社は操作性の共通化に取り組みました。コピーするときユーザーが設定した内容を取り消す操作などポイントとなるいくつかの操作性が共通化され、ユーザーの戸惑いを低減しています。
 このように、同じ目的で使う操作性の異なる道具が複数あり、ユーザーが並行して使う場合、あるいは、その道具の前工程や後工程で使う道具の操作性が異なる場合、知らず知らずのうちに影響を受け、ユーザーは使用ミスを犯かす場合があります。

  駅のトイレの話をしましょう。以前、勤務先が人形町にあった頃、私は地下鉄日比谷線の八丁堀駅でJR京葉線に乗り換えていました。ビールをたっぷり飲んでいた私は改札を入り、すぐトイレに向かいました。あなたも気づいていると思いますが、駅のトイレの入口付近には男子用か女子用かを示す案内表示が掲げてあります。片方はズボン、片方はスカート姿の見慣れたマークのあれです。
 はじめての人にわかりやすいように案内表示は2段構えに掲げてある場合が多いことはご存じの通りです。私は少し離れた位置に掲げてある1段目の案内表示を見てすぐにトイレの方向がわかり、さらに進んで入口を入ろうとすると、なんとそこは女性用ではないか。私はあわてて戻り、入口の直ぐ上にある案内表示を確認するとその入口はなんと、女子用でした。
 手前の1段目の案内表示では左側がズボン、右側がスカートだったのに、入口上の案内表示は左側がスカートになっています。私と同じように1段目の案内表示だけを見て入口に進んでしまうととんでもないことになるかもしれないのです。しかも、私と同じようにビールや酒を飲んで、いい気分に酔った人が駅のトイレを使います。電車の発車時刻が気になるのでトイレは素早く済ませたい場合もよくあります。
 この体験から1週間くらいたった夜の八丁堀駅で酔った中年の男性が駅員に叱られ、その側に若い女性が立っているところを目撃しました。余談ですが、この体験の後、私はは都内の地下鉄の駅30箇所くらいでトイレ案内表示を確かめたのですが、約半数は1段目の案内表示と2段目の案内表示は、男性と女性が左右逆になっていました。人知れず屈辱を味わった酔っ払いは少なくないはずです。

  例えば次のような場合は要注意です。同時に使う、または前後に使うモノの同じ機能に違う名前がついている。設定の順番が違う。OKと取消などボタン配置が左右、上下に逆転、色の意味が逆転しているなど。


 


以上、製品の弱点が現実化しやすいタスク要素について述べましたが、あなたが担当する製品に当てはまるものはありましたか?


 


 

問題を見逃さないテストデザイン 13 最悪のシナリオ-2

最悪のシナリオ-2

最悪のシナリオを検討するとき、私達はどのように何をしたらいいのでしょうか?

最悪のシナリオの検討
あなたが担当する製品の場合、どのような最悪のシナリオがあり得るでしょうか?そしてどのように検討したらいいでしょうか?個々の製品によっても、製品開発のタイプによっても大きく違うでしょうから、以下はヒントにしてください。
最悪のシナリオとは、「重大な結果につながる可能性のある事態が起こりやすい状況」と考えてください。

製品の弱点認識
小型ガソリンタンクの事例のように、製品には、こんな使い方をするととんでもない悪いことが起こると言うような弱点があります。まずは弱点をしっかり認識することです。
弱点とは、とんでもないことが必ず起こる、ではなく、起こる可能性があると思われることです。
開発中の製品の場合、「安全にお使いいただくために」「警告」「禁止事項」「注意」などとして取説や画面や現場に表示される予定の情報が参考になりますが、まだ出来ていない場合もあるでしょう。
そういう場合は、すでに市販されているシリーズ製品や、他社の類似製品を参考にできるかもしれません。

当然、開発者が弱点を充分認識していない場合もあると思われます。そんな場合はあなたが問題提起し、早目に製品の弱点を明確にしましょう。
開発が進み、発売間近になってから新たな弱点が見えてくると発売時期は遅れ、コストアップになり、本当に販売していいのか、振り出しに戻ってしまうこともあります。万一、発売後に重大事故が起こってしまうと一企業の問題ではすみません。大変な社会的制裁を受けて一瞬にして信頼を失ってしまいます。
ですから最悪のシナリオは早目に検討する必要があるわけです。

また、あなたが担当する新製品開発のタイプは、さまざまだと思います。あなたの会社にとってまったくの新製品なのか、機能アップ、コストダウン、季節に合わせたリニューアルなどのシリーズ製品なのか、製品開発のタイプによっても弱点把握は違ってくるでしょう。
まったくの新製品ではなく、シリーズ製品の場合は、最初の新製品開発のときに検討し決定した内容で安心してしまい、見直しを忘れがちです。ときどき報道される目を疑うような重大事故はとくに新製品ではなく、前々から家庭や社会のいろいろな場所で使われてきた道具類が多いように私は思います。
製品開発中に蓄積した情報だけにとらわれず、販売した後に使用現場から得られた新たな情報、新たにわかった自社製品の弱点をしっかり認識し、最悪のシナリオを再検討して欲しいと思います。品質保証は、開発が終わり、製品が発売されると開発中の作業は一段落しますが、決してそれで終わりではありません。使用現場から見つけた、製品の新しい弱点に立ち向かってください


私たちが被る被害
道具を使っていて私たちが被るかもしれない被害には、どんなものがあるでしょうか?
一般的に、次のようなことが考えられます。ユーザーやその周りの人が、この中の一つでも被害を被る可能性がないか、まっさらな気持ちで検討しましょう。
・生命の危険、機能障害、怪我、健康被害
・財産の破損、消失、被害
・金銭の損失
・信用の消失
・データ消去
・製品自体の破損、故障、使用不可

弱点を定義
弱点は次のように定義します。
製品を
(1)どんなユーザーが
(2)どんな環境で
(3)どのように使うと
(4)どんな悪いことが起こる。

と、このように使い方とその結果起こることをしっかり認識してください。製品によって使い方も結果として起こることも様々です。いくつか例を示します。

A・スマートフォンのアプリの例
例えば文字を書くアプリで、編集中に不用意に画面をタッチするとその後のタッチによっては入力済みのデータが消去されてしまいます。そんなの当たり前じゃないか、その通り当たり前です。私はこの原稿を電車の中でスマートフォンを使って書いています。体調のいいときばかりではありません。夜、疲れ気味で、言葉がなかなか出て来ないとき、気づくとつい居眠りということは少なくありません。そして、はっと気づくと入力したはずの文章がバッサリ消えてしまっています。
通勤電車の中でシートに座っている人の8割はスマートフォンか携帯電話を操作しています。歩きも含め移動中こそ、スマートフォンの主要な使用環境なのです。心地よく揺れる電車、スマートフォン使用、居眠り、タッチ操作。これは、タッチ操作であるスマートフォンならではの弱点ですね。

余談ですが、私たちが行う道具の操作は、3種類あります。
一つ目は、意図しない操作。うっかり操作です。本当はその操作をするつもりはないのに、本人が知らないうちに、うっかりやってしまう操作です。あなたも、パソコンやスマートフォンで文章を書くとき、たびたび経験しているはずです。ユーザビリティは、この操作を含みます。
二つ目は、意図した異常な操作です。道具本来の使用目的から逸脱した操作であり、ユーザビリティの範囲外の使い方です。
三つ目は、意図した正常な操作です。私たちが行う普通の操作で、もちろんこの操作はユーザビリティがメインに扱います。

B・携帯電話の例
携帯電話で、どんな状態でも、うっかり「キーロック」ボタンを押すと即入力不可になり、パスワードを入力しない限りロックを解除できないという機種を私は使っていました。
幼児たちは大人が使っている携帯電話に大変興味を持ち、大人が知らないうちにあれこれ操作しますし、私の孫は勝手に誰かに電話をかけてしまいました。その点、この機種は簡単に操作不可にできるのでメリットも大きいのですが、反面パスワードを知らないと元に戻せないという欠点があります。身近に幼児のいる人は、パスワードさえ覚えていればメリットの大きい機種ですが、そうではない人にとってはかなりの弱点になります。 私は携帯電話が突然使えなくなり大変な目に会いました。

C・家庭用血圧計の例
家庭用血圧計の供給電源、ACアダプターを間違えて定格の違うタイプを使うと血圧計が故障する。これは小型機器に共通の弱点ですね。例えば、弱点を克服するために AC アダプターの端子を差し込む口の付近に電源の定格表示の文字が刻印されているとしたら、ユーザーがそれに気づくか? 気づいても意味が伝わるか? その前に、たいていの血圧計は電池式だろうからACアダプターを使うことはないのではと思われるかもしれません。しかし、外国の事情は日本と同じではありません。結構、電池ではなくACアダプターを使う国があるようです。

D・自転車後部シートの例
若い母親がママチャリの後部シートに幼児を乗せて街を走る姿、私たちはよく見かけます。先日、私が仕事先に向かって歩く途中、母親のいないママチャリの後部シートに幼児だけが残され、自転車はスタンドで止まっている現場に出会いました。幼児は3才くらい目を開けて大人しくしています。母親は目の前のドラッグストアで買い物しているに違いありません。私は一瞬、危ない、子供が何かに気をとられて、急に後ろ向きになったら倒れるじゃないか、母親が戻って来るまで横で見ていようか? しかし、かえって子供が泣き出したりしないか、いろいろ気になって、気づいたら結局通りすぎていました。後になってから泣き出されてもいいから側で止まって見守るべきだったと後悔しました。ある時期、ママチャリの後部シートが走行中に車体から外れ乗っていた子供が怪我をする事故が報道されました。後部シートはオプションで自転車店のスタッフが取説を見ながら正しく取り付けてユーザーに渡すことになっていました。この問題は消費者庁で取り上げられ、シートの取り付けミスが指摘されました。正しく取り付けられていない場合、重大な事故につながる可能性があることが明らかになりました。製品の重大な弱点です。よく似た例に、自動車に取り付けるチャイルドシートがあります。取り付けている車の半数くらいは取り付け不良のまま大事な子供を乗せていることが報道されています。

E 立体駐車場の例
報道によると立体駐車場で毎年、事故が続いているそうです。報道で紹介された痛ましい事故は次の通りです。
立体駐車場に保管した車を取りだそうと、ユーザーが入口にあるコントロールパネルに自分の車の番号を入力すると、自分の車が載っているパレットが呼び出され下に降りてくる。この時、運悪く、降りてくるパレットの下を人が歩いていて、その方はパレットに挟まれ不幸な結果になってしまいました。立体駐車場の中には車があるだけで、人はいないという前提で利用していたと思いますが、そうではないケースがあったのです。たまたま、その立体駐車場は外部からの侵入を防ぐため周囲を取り囲んだ屏があったにもかかわらず、人が侵入できました。なぜ人は侵入したのか、報道によるとその人が帰宅するとき、立体駐車場の中を突っ切ると遠回りせず、早く家に着けたようです。いたずら好きな男性ならあり得ない行動とは言えませんし、普通の男性でも酒に酔った場合はあり得る行動のように思います。また、小学生、中学生の男子なら秘密の抜け道にしないとは言えません。人が侵入しようと思えばできる屏だったのだと思います。屏があるから人は外から絶対侵入できないという条件が崩れたとき、重大な事故が起こり得る仕様であったわけです。

F・小型ガソリンタンク
発電機の燃料を保管する小型ガソリンタンク、本来、先にやるべき「ガス抜き」をしないで蓋を開けるとガソリンが吹き出し、大火災になりかねない。前に述べた通り、これは大きな弱点です。

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問題を見逃さないテストデザイン 12 最悪のシナリオ-1

最悪のシナリオ-1

京都の花火大会で起こった爆発事故、尊い人命を奪い、多くの人々を負傷させるという不幸をもたらしました。小型ガソリンタンクから発電機にガソリンを移すとき、まず内圧調節の銓を緩めガス抜きしてから、ガソリンタンクの銓を開けるべきところ、ガス抜きしないで直接、ガソリンタンクの銓を開けたのではないかとの報道がありました。
 ユーザーは使い方を間違えると大事故になりかねないことは知っているはずです。しかし、状況によってはこういう大事故が起こり得ることが証明されました。道具の使い手は、条件次第で、必ずヒューマンエラーを起こします。
 ヒューマンエラーが起こりかかっても、途中で使い手にハッと気づかせ、万一気づかせることに失敗しても大惨事にはならない。その仕組みが道具に込められている。21世紀私達が使う道具は、そういう道具でありたいものです。最悪のシナリオはそのための第一歩です。

ユーザビリティテストで、ガソリンタンクから発電機にガソリンを補給するというタスクをすると、通常なら、全ての被験者が100%正しくできるでしょう。そういう、通常は正しく使える被験者に、焦ってしまうような状況を与えて、それでも被験者は正しく使える、仮に使い方を間違えても、大事故にはならない。そのことを確認するために、最悪のシナリオを検討する必要があります。

通常なら何の問題もなく製品を使えるのに、「何かの場合」に急にうまく使えなくなることがあり、その結果不幸なことが起こってしまう。これが最悪のシナリオです。 先に述べた重大タスクを行うときのアンラッキーな状況(何かの場合)を想定する必要があります。
最悪のシナリオはリスクマネージメントとユーザビリティが重なる領域のようです。

そういう最悪の場合でもユーザーはタスクを達成できるか、最悪の事態を回避できるのか、確認する必要があります。特に医療機器の分野では必ず最悪のシナリオを検討するよう国際規格で定められています。最悪のシナリオと言う考え方は、一般的製品の分野でも当てはまるものです。
あなたが担当する製品の場合、最悪のシナリオにもとづくタスクはすでにリストアップされているでしょうか?

福島第一
福島第一原発は巨大地震による津波に襲われ、突然正常に使えなくなりました。単に使えなくなっただけではありません。その結果何が起こったかは皆さんが知っている通りです。 原発は電気を作り出す大きな道具ですが、最悪のシナリオを品質目標に取り込まなかったことが失敗の最大の原因だと思います。

化粧品
この例も、ユーザビリティから離れる要素が大きいと思いますが、わかりやすい例です。
報道によれば、化粧品の使用によって肌に白斑ができ、大勢の人々が深刻な被害に苦しんでおられます。その化粧品には数種類の仲間の化粧品があり、仲間の化粧品を併用すれば美容効果は一段と高まりますと宣伝されました。
開発中に当然、副作用の確認テストはしたのですが、報道によると、3つ以上の商品を組み合わせて使用した場合の確認はしていなかったということです。最悪のシナリオを明らかに想定しえたにも関わらず、目標から外してしまったわかりやすい例で、福島第一原発の例とよく似ています。

停電
停電は、現在の日本ではそうそうあるわけではありませんが、極希に起こります。入院患者をかかえる医療施設では停電のときにも患者を診察し、血圧計などの医療機器を正しく使えなくてはなりません。蝋燭や懐中電灯の薄暗い中でも正確に測定できる必要があります。測定値186を暗さと照明の反射のせいで136と読み間違えれば、その後ドクターに緊急行動を取らせてしまうかもしれません。 こういうケースの表示の視認性は、正しく読み取れる、判読できない、誤読する、の3つに分かれますが、誤読だけは避けなければなりません。

オフィスのコピー機
オフィスのコピー機の場合、A4判のモノクロ原稿3枚を1枚ずつコピーするのはとても簡単なタスクです。オフィスで働く人なら誰でも難なくできるでしょう。しかし、こんな場合はどうでしょうか? ユーザーAさんは
自分の机で、大急ぎで、ある調査データの集計作業をしています。集計が終わったら会議室に急いで届けることになっています。作業途中、A4の資料2枚を1枚ずつモノクロコピーしました。しばらく集計作業してまた、A4の資料2枚を1枚ずつモノクロコピーしました。またも集計作業を続けました。この間、第三者がA4の資料1枚のカラーコピーをしました。コピー機の状態は当然カラーモードです。Aさんは急いでいた集計作業が終わり、結果A4判3枚を急いでモノクロコピーし会議室に届けます。このようなとき、Aさんはコピー機がカラーであることに気づきモノクロコピーをとることができるでしょうか?

ヒヤリハット
医療の現場は私達の命や健康に直接関わる分野ですが、ユーザインタフェースと直接関わるヒヤリハット事例を紹介しましょう。
医療機関では医師が書いた処方箋にもとづいて薬剤師が必要な薬品を取りだし患者に渡します。あるとき、医師が指定した薬品とは異なる別の薬品が患者に渡されていたことが判明しました。患者の症状によっては重大な結果になりかねません。
 ご存じの通り、病院で診察が終わった後、薬をもらう所では多くの患者が順番を待っています。1人の患者が受け取る薬は3種類も4種類もあり、それらを1か月分もらうといった人が大勢います。そんな中で薬剤師は、大量の薬品の中からできるだけ早く、医師の指示通り正確に薬を選び、正確な数量を取りだし患者さんに渡そうと作業しています。

薬剤師はなぜ、間違えたのでしょう。以下、例え話で説明します。ご存知だと思いますが、錠剤の名前は、例えばアアアアアアアア25mg のように成分の量だけが違う場合がよくあります。当然、同じメーカーの同じ薬品ですからパッケージのデザインも大きさも色使いも全く同じです。品名もほとんど同じ、数字の25が別の数字に変わるだけです。
処方箋に書かれていたのは、アアアアアアアア25mg 、1日1錠、30日分。この医療機関では、この薬は2種類在庫していました。25mg と80mg です。効き目の強い薬が必要なときは80mg 、効き目の弱い薬でよいときは25mg 、中ぐらいの薬にしたいときは25mg を2錠、と言うように使い分けていました。薬剤師はうっかり80mg を選んでしまったのです。
この作業ミスが発生する背景がもう1つありました。薬剤師はつい最近まで別の医療機関に勤務していましたが、別の医療機関では、その錠剤は1種類、25mg のものだけ在庫しており、アアアアアアアアといえば25mg だけでした。このように2つの要素が重なってミスは発生したのです。

余談ですが、20~30年前、多くの取り扱い説明書は機能本位に編集されている場合が多かったのですが、その頃、使いにくい目次でよく見られたのが次の例です。
・基準点を中心に任意に画像を変倍する(拡大) P46
・基準点を中心に任意に画像を変倍する(縮小) P47
目次の項目名なのに最後の2文字が違うだけです。ユーザビリティテストをすると、たびたび被験者に読みとばされた記憶があります。

さて、最悪のシナリオを検討するとき、私達はどのように何をしたらいいのでしょうか?
プロフィール

HN:
小畑 貢
性別:
男性
職業:
ユーザビリティ・コンサルタント
自己紹介:
株式会社ヒューマンインタフェースの代表取締役 小畑 貢です。

弊社はユーザビリティ評価及び関連サービスを提供しています。
市販の商品や開発途中の試作品(ソフトウェア含む)を対象に、一般ユーザーが使用する様子を観察、分析し、ユーザーがどの程度使うことができるか、何を改良するべきかを提案します。

弊社ホームページもご覧ください。
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