最悪のシナリオ 4
製品の弱点を現実化しやすくするタスク以外の要素について考えましょう。
要素2
弱点を現実化しやすい空間環境要素
(1)劣悪な照明条件
自然災害の多い日本では停電は珍しいことではありません。以前に、医療機器のユーザビリティテストをしたとき、参加してくれた看護師の多くは勤務中の医療機関で停電を経験していました。バックアップの電源に切り替わっていつものように医療機器を使える場合もあるが、懐中電灯の薄暗い光の中で医療機器を使うことは少しも珍しいことではないと口を揃えて話してくれました。医療機関でも在宅医療の現場でも、災害が発生し停電になったときには、それとは関係なく患者の状態を確認し医療行為を続けなければなりません。
さまざまな立地条件の場所に設置される設備機器、例えばガソリンスタンドや電気自動車の充電スタンドでは液晶画面が使われていますが、季節、天気、時間によっては陽射しの強い反射光があるかもしれません。
暗い照明条件、反射のある照明条件、正面から光が差し込む中での作業、外の陽射しが降り注ぐ中での作業など、劣悪な照明条件は製品の弱点を現実化しやすくします。
(2)振動
道具によっては振動する環境で使われます。飛行機、船、電車、バス、トラック、自動車、自転車など移動手段はたいてい振動しますし、その中で使われる製品は揺られながら使われます。あなたも通勤途中、電車やバスに揺られながらスマートフォンを使っていることと思います。振動しながら道具を使うと、意図しないミスが起きやすいのはご存じの通りです。
例えば、スマートフォンの画面に横一列に、「A」「B」「C」「D」「E 」と、5つのボタンが表示された製品を思い浮かべてください。操作はもちろん軽くタッチするだけです。そしてもうひとつ、同じサイズの同じボタンが物理的な押しボタンだった場合を思い浮かべてください。操作にはある程度の押し込む力が必要です。あなたが揺れる電車やバスの座席に座って操作するとしたら、操作ミスはどちらが起こりやすいと思いますか?当然タッチ操作の方ですね。手元が狂い指先の動きが不安定になると操作ミスを起こしやすい。これはタッチ操作を採用しているスマートフォンの弱点です。振動する環境の中では、弱点が現実化しやすくなります。
余談ですが、スマートフォンでは、電源を入れる切る、電話をかける切る、こうした重要な操作は単純なタッチ操作ではありません。あなたのスマートフォンもそうではありませんか?
(3)騒音
交通量の多い道路の近くで使われたり、工事現場で使われる機器は、騒音の中で使われますから通常のエラー音、警報音、操作案内音声などはとても気づきにくくなりますからそういう環境に対応した製品な作りがされています。しかし、普段は静かな環境で使われるものでも何かの場合には騒音の中で使われる、そういう可能性がある製品の場合は、製品の弱点を現実化しやすくなります。
(4)降雨、降雪
製品によっては雨や雪が降る中で使われるものもあります。傘やスキー用具は普通にそういう環境で使われますが、普段は雨や雪の中では使われないが何かの場合にはそういう環境でも使われる製品では、製品の弱点を現実化しやすくする要素になり得ます。
(5)狭い作業空間
身体の向きを変える、腕を自由に動かす、こうした姿勢変更がやりにくい狭い隙間で製品を使わざるを得ないような空間です。自動車のドアの場合、普通に車を止め運転席のドアを開けて外に出る作業は簡単にできますが、運悪く隣に接近して他の車が止められていたらドアを開けて運転席に乗り込む作業はとても困難が伴います。このように何かが起こって、その結果急に困難になるケースです。こうした場合も製品の弱点が現実化しやすくなります。
要素3
弱点を現実化する社会環境要素
この要素は要素1タスク要素の背景と見なすことができるようです。
(1)24時間、全日稼働
社会のさまざまな分野で24時間稼働と休日なしの全日稼働が進んでいます。
毎日、午前9時頃から夕方まで仕事する、社会はそういう人々ばかりではありません。事件担当の警察官は自宅で睡眠中であっても事件が発生するとすぐに駆けつけ仕事につきます。状況によっては相当長時間仕事を続けます。小売業やサービス業、公共交通機関、医療機関、介護サービス機関などはシフトを組んで交替で仕事につきますから途中交替その他の事情によって製品の弱点が現実化しやすくなります。
(2)転職
日本は雇用の流動性がスムーズではなく、まだまだ一つの会社から別の会社に移る人はそれほど多くはありません。それでも、以前と比べるとかなり流動的になっています。また、働き方の形もいろいろになってきました。先に述べた薬剤師は、直前に勤務していた職場での体験が災いし、患者に渡す薬を間違えました。看護師が結婚して子供ができたときに退職し、その子供が成長してから仕事に復帰すると、一つの固定した医療機関で継続的に働くのではなく、短期間ずついろいろな医療機関で働くケースが結構あります。1週間に2つ、3つの職場で1日ずつアルバイトする若者も珍しくありません。これらのことも製品の弱点を現実化しやすくします。
要素4
弱点を現実化するユーザーの要素
道具を使う人のプロフィールによって製品の弱点が現実化しやすくなることもあります。では、どんな人が当てはまるでしょうか?
(1)性質
普通では考えられない、困った結果を引き起こす可能性を秘めている、そういう人はどんな人でしょうか?理性的というより感情的、早合点、行動的、楽観的、何より普段の道具を使う生活の中で、いろいろと事件や失敗を経験している人でしょう。そういう性質の人は製品の弱点を現実化しやすいでしょう。
(2)身体能力(身長、体重、握力、視力、聴力、利き手)
力の弱い人は、掃除機をゴロゴロ引っ張りながら掃除するとき普通の人の数倍も掃除機の重さを感じるでしょう。それでも掃除しなければならないとき、どこかで無理をするかもしれません。逆にとても腕力の強い人も、私たちの予想を越えた道具の扱いをするかもしれません。
視力の弱い人は、普通の人より対象物に目を近づけて見ます。道具を使って作業するときも、同じです。近づけられない場合には、確認に長い時間をかけたり、曖昧なまま判断してしまうことも多くなります。
身長の低い人は、たいてい手も小さいものです。携帯電話やスマートフォンの物理的な使いやすさを被験者を使って比較評価するとき、私たちは手のサイズの標準的な被験者群の他に、とても手が大きい被験者群、とても手が小さい被験者群でテストします。人の身体の計測データは、たいてい公表されていますから私たちは、100人の中で大きい5人、小さい5人に該当する人を選んでテストをすることができます。このように普通の人と比べて極端に異なる身体能力の持ち主は、製品の弱点を現実化しやすいと思われます。
(3)経験、知識(類似製品の使用経験、類似タスクの経験)
類似製品を使ったことがなく、正しい使い方について知識を持っていない人たちは、知識を持っている人たちよりも私たちの予想を越える使い方をします。タスクの経験についても同じことが言えます。例えば、掃除経験の豊富な人はトラブルにつながる使い方は、まずしないと思いますが、掃除経験の少ない人は私たちの予想を越える使い方をする可能性が高いと言えます。したがって経験や知識が一般の人より少ない人や偏っている人、こういう人は製品の弱点を現実化しやすい人といえます。
携帯電話やスマートフォンのように、ユーザーが次々に機種を乗り換えて使う製品の場合、ユーザーは直前までその機種の操作方法に慣れていますから、新しい操作方法に戸惑うケースもあります。その差が重要な結果に直結する場合もないとは言えません。
先に、私たちが道具を使う操作には、意図する操作と意図しない操作があると言いましたが、別の見方をすると、認知的な操作と反射的な操作があります。スマートフォンや携帯電話で私たちが誰かにメールを出す場合、どの操作が認知的でどの操作が反射的でしょうか?メニューからメール機能を選ぶ、新規作成機能を選ぶ、宛名欄に相手のメールアドレスを選ぶ、これらの操作は認知的です。選択肢の意味を理解し、判断した上で操作を続けています。その後、本文の言葉を生み出すまでは認知的ですが、次々に文字を入力する操作は、いちいち考え判断してというより、指先が勝手に動いて反射的に操作しています。先に使っていた製品の操作方法のうち、とくに反射的操作は、あなたも経験した通り、ある時から新しいやり方に変えるといっても簡単には変えられません。反射的操作をして、長い時間作業を継続するようなケースでは、その中で繰り返す操作方法を変更するのは容易ではありません。
とくに、例えば工作機械の危険回避時に使う、赤い緊急停止ボタンのように、緊急時対応の操作ではユーザーの頭と指先に深く刻み込まれた従来の操作方法を変更するのは大変なことです。
(4)身体的疲労、痛み、
腰痛を抱える人、膝の痛みを抱える人は、前屈みや膝をつく姿勢の必要な道具使いは困難が伴います。疲労や身体的痛みも製品の弱点を現実化しやすくすると思われます。
低周波で治療する道具がすでに市販され多くの人々が健康維持するために使っています。人の身体に直接パッドを貼って、コリや痛みを軽減、解消するヘルスケア用品です。この製品は、一定の禁止事項は守って使わなければなりません。禁止事項の一つに「左右のふくらはぎに同時にパッドを貼って治療してはならない」ということがあります。長時間の立ち作業やランニングなどで、両脚ともに疲労している。こういう状態の人はやってみたくなるかもしれません。このように身体的疲労や痛みも製品の弱点を現実化しやすくする要素です。
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